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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)6001号 判決

原告 松崎孝夫

右訴訟代理人弁護士 香川公一

被告 城東製鋼株式会社

右代表者代表取締役 永野勲

右訴訟代理人弁護士 門間進

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

「一、被告は原告に対し金一一五万円、および内金一〇〇万円に対する訴状送達の翌日(昭和四三年一一月一〇日)から、内金一五万円に対する同年一二月五日から、いずれも支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告が昭和三六年から同四三年九月まで被告会社に勤務していたこと、同四二年三月六日に重症の肺結核患者として入院中の訴外星ヶ丘病院において、右肺上葉部切除手術を受け、同四三年五月同病院を退院したことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫を総合すると、原告は星ヶ丘病降退院後同四三年一〇月三一日まで、訴外関目診療所こと石原智成方に通院し、化学療法を受けていたが、現在は完全に治癒していることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、被告が同四〇年および四一年に従業員の定期健康診断を行なったことは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫を総合すると、被告は線材、鉄筋材の製造を業とする株式会社で、その現場業務部門は圧延部門と出荷受渡部門に大別されること、原告は被告に入社した当時から圧延部門にいたが、同四〇年頃に(遅くとも同年一〇月頃までには)出荷受渡部門に移ったこと、被告会社の従業員の衛生管理者は総務部員であったが、人員および連絡等の都合上労務課長である訴外浜野喜良が実際の事務を担当してきたこと、従業員の定期健康診断は被告の就業規則に基づき年一回あるいは二回行なってきたこと、被告には専属の医師がおらず、訴外関目診療所こと石原智成、訴外伊藤病院こと伊藤信義の両名を嘱託医として健康診断を依頼していること、健康診断としては胸部レントゲン撮影の他、体位測定、問診、内診等をしていること、その結果異常があれば担当医師から被告に連絡があり、労務課長浜野がこれを該当者に伝える措置をとっていること、その措置として同四〇年以前には被告会社の掲示板に該当者の氏名およびその異常の内容、程度を一覧表として掲示していたが、個人の秘密に属する事項の公表は困るという苦情があり、同四〇年からはこの方法を止め、浜野が直接該当者に面接して伝えることにしたこと、同四〇年の定期健康診断は一〇月に行ない、伊藤医師がこれを担当したこと、同医師から同年一一月一〇日、被告に「健康診断の結果のおしらせ」と題する書面が届けられ、これには原告が肺結核で要治療と記載されている他、異常の発見された六名の氏名、異常の内容、程度が記載されていたこと、そこで浜野はこれを便箋に書き出し、該当者の働いている現場に行って直接右の結果を伝え、医師の診察、治療を受けるよう指示し、伝えた者については便箋の氏名を消していって伝えもれのないようにしたこと、原告にも右方法によって伝えていること、訴外田中、同宮の両名は浜野から伝えられた直後、伊藤病院に行って胸部レントゲン直接撮影および血沈検査を受けたこと、同四一年の健康診断は八月に行ない、前年同様伊藤医師が担当したこと、同医師から被告に前年同様の報告書が届けられたこと、被告に届けられた原告の健康診断個人票には、右肺上葉部に陰影があるので精密検査を要する旨記載されていたこと、同年は異常の発見された該当者には浜野ではなく他の労務課員がその旨を伝えたこと、同四〇年、四一年の両年共、原告は医師の精密検査等を受けておらず、もとより浜野等にその旨の報告もなく、作業内容を軽減して欲しい等の申出もされなかったこと、被告の出荷受渡部門は圧延部門と比較すると、クレーンを使用し計量等をする等の軽作業で高令者や胃の切除手術をした者などが多かったこと、を認めることができ、≪証拠省略≫中、原告に被告から健康診断結果の通知がなかった旨の供述部分は措信しない。

また、≪証拠省略≫によると、原告は同四〇年一月から同四一年一二月まで夜勤は一日もしておらず、残業は同四一年三月まで一ヶ月につき最低零時間、最高三七時間余で、同年四月からは最高一四時間余であることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は結核について全然自覚症状がなく、同四二年一月六日に発熱と咳から感冒と思って石原医師を訪れ、治療を受けたが症状が良くならないので、レントゲン撮影を受けて結核の病勢が相当進んでいることを教えられ、星ヶ丘病院に入院し、前記のとおり手術を受けたこと、退院後レントゲン撮影をしても病巣は発見できないこと、同四〇年、四一年の原告の健康診断の結果からすると休業か軽作業が適当であり、病状は同四一年八月の健康診断の段階では非広汎性で重症ではなく、食餌療法、化学療法によって手術するまでもなく治癒する程度であったことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三、右の事実によると、被告は同四〇年一〇月と同四一年八月の定期健康診断の結果、原告が肺結核に感染し精密検査あるいは治療を要することを知り、これをいずれも原告に伝えたにもかかわらず、原告がこれを顧慮しなかったため、当時医師の精密検診を受けていれば、外科手術をするまでもなく、他の療法によって治癒していたのに、時期を失い手術せざるをえなくなったことになる。

労働基準法五一条一項は「使用者は、伝染性の疾患、精神病又は労働のために病勢が悪化するおそれのある疾病にかかった者については、就業を禁止しなければならない。」と規定し、同条二項が「前項の規定によって就業を禁止すべき疾病の種類及び程度は、命令で定める。」と規定しているのを受けて、労働安全衛生規則四七条四号は「胸膜炎、結核、心臓病、脚気、関節炎、けんしょう炎、急性泌尿生殖器病その他の疾病にかかっているものであって労働のために病勢が著しく増悪するおそれのある者」を就業を禁止すべき者として定めている。

前記認定によると、被告は原告が肺結核に感染し、治療又は精密検査を要することを知っていたことは認められるが、それ以上病状の程度、性質を知っていたものとは認められず、原告に医師の診療および精密検査を受けるよう指示しているのであるから、その結果の報告をまって現在の労働のために病勢が著しく増悪するおそれがあるかどうか判断して対応措置をとれば足りるものというべきであり、健康診断の結果から直ちに就業を禁止し、あるいは制限することは就業の機会を奪うことにもなり、このようなことまで右法令が要求しているとは解されず、また右法令は使用者の労働者に対する義務を直接定めているとも解されない。

原告の従業していた出荷受渡部門が軽作業であること、および原告の残業時間数が多くないこともまた前記認定のとおりであるから、いずれにしても被告が原告を休業とし、あるいは軽作業に転換させなかったこと等について、被告に故意、過失があるとはいえない。

四、よって原告の請求原因として主張する各事実は、いずれも証拠上認められずあるいは失当であって、その余の点について判断するまでもないから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北浦憲二 裁判官 三好吉忠 中根勝士)

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